成長マインドセット

第1章 PDF版

PDF版は以下より御覧ください。

第1章 ウェブ版

第1章成長とはなにか

謎のマスターとの出会い

「はぁ……、成長か……」

僕は深いため息をついた。暑い昼下がり。次の客先への訪問まで少し時間が空いたので、資料を作成するためにカフェにでも入って作業をしようと、少し落ち着けそうな店を探していた。

今日は午前中に部長と今期の進捗についての面談があった。その際に、
「山田くんは、頑張ってくれているのは分かるんだが、会社や私の期待値に対し て、いま一歩結果が出ていないし、ここ数年、成長が滞っているように感じるね。 課長の君が早く成長しないと、君のチームのメンバーも成長しないし……」
と言われたことが頭に残っていた。

成長って何だっけ?なぜ、成長できないんだろう?

そういえば最近は忙しくて成長のことなど考えずに仕事していたな。入社当時 は成長意欲満々だったのに……。

「あれ? こんなところにカフェなんてあったっけ?」

この道は、結構頻繁に通っていたけれど、落ち着けそうで洒落た雰囲気のこのs店の存在には、今まで全く気がつかなかった。

店内に入ると、涼しい風が頬をかすめる。店内にお客さんの姿は多くはなかった。僕はカウンターに座り、マスターにコーヒーをもらって一服する。パソコンを開いてメールのチェックをしていると、
「どうかされたんですか?」
ふいにマスターが声をかけてきた。無意識にまたため息をついていたらしい。

あらためてマスターのことをよく見ると、ロマンスグレーの髪に、洒落たメガネをかけている。温厚そうな雰囲気が、かえって人生経験の豊かさを物語っているようにも見える。普段は初対面の人に自分の悩みを話すようなタイプではないのだけれど、こちらを包み込むような笑顔で優しく話しかけられ、つい本音で答えていた。

「いやぁ、なかなか営業成績が上がらないんですよね。部下の数字も伸びなくて……」

「なるほど、結果が出ないことに悩まれているんですね」

「上司からも、『もっと早く成長しろ!』って言われてしまって。でも、成長するにはどうしたらいいか、分からなくなってしまったんです」

「そうですか。それは考え込んでしまいますねぇ」

うなずきながら話を聞いてくれるマスターが、まるで親戚のような距離感で心から僕を気遣ってくれているのを感じる。

「それなら、これがお役に立てるかもしれませんね」

マスターは笑みを浮かべながら、おもむろに1枚の絵を取り出した。

図2 マスターが取り出した1枚の絵

成長の地図

「何ですか、これは?」

カウンターに置かれた1枚の絵を見ても、僕には全く意味が分からない。

「お客様の悩みを減らし、成長を助けてくれる地図です」

えっ! そんな都合のいいものあるの? 本当に? まさかこのマスター、あとから怪しい壺とか売りつけようとしているんじゃないだろうな? 僕は心の中であれこれと考え、少し身構えてしまった。でも、今までも怪しい勧誘などを寄せ付けたことはないし、マスターがそんな感じの人でもなかったので、話の続きを聞くことにした。

「悩みを減らし、成長を助けてくれる地図ですか?」

「はい。この地図には3つの大切な要素が入っています。まず1つ目が〝成長とは何か?〟を知ること、次にその〝成長を阻害する要因〟と〝成長を促進する要因〟を理解し、行動できるようになることです。短い時間で、これら全てをお話しすることは難しいですが、もしよろしければ、最初の要素である〝成長とは何か?〟の部分はお伝えできると思います。それにまた立ち寄っていただければ、少しずつ続きのお話をすることはできますよ」

「いやぁ、本当にそんなことが可能なら、喜んで毎日のように来ますよ。でも、そんなに何回もお話を聞いたら、相談料とかをお支払いしなければならないですよね?」

僕にもコンサルタントやアドバイザーの知り合いが何人かいて、彼らが1時間当たり相当な金額を課して仕事をしているのを知っている。もし本当に役立つような話ならタダなわけがない。

「いえいえ、私が好きでお話しするだけですから、コーヒーを飲みに来ていただくだけで大丈夫ですよ。もちろん、お話しできるのは本業の合間にですけどね」

そう言って彼はウインクをした。マスターの笑顔を見ていると、「本当に?」と疑う気持ちと「それなら」と乗りたくなる気持ちが湧きあがってきた。 どうしよう……。あとで壺か何かが出てきても、それは断ればいいだけだ。僕はこのマスターとの出会いに少し運命的なものを感じ始めていたのと、今の状況を打破できるならぜひ相談してみたいと思い、真剣にマスターの話を聞いてみようと心を決めた。

「それなら、ぜひお願いします! 僕は、山田武史と言います」

「山田さん、それでは、この地図については追々出てきますので、こんな地図があったかな程度に記憶しておいてください。まずは〝成長とは何か?〟の話をいたしましょう」

カップを拭いていた手を止めて、マスターはまっすぐ僕の目を見つめた。

「山田さん、山田さんにとって、そもそも成長って何ですか?」

「僕にとっての成長ですか? う~ん……」

何かすごい話が聞けると期待していたら、いきなり質問をされて少し面喰いつつも、自分にとっての成長って何なのだろう? と考えをめぐらしてみる。
あらためて聞かれると即答は難しいな。成長かぁ……。

あなたにとって「成長」とは何ですか?

そもそも成長とは?

少し考えて、僕はマスターに自分の思ったことを伝えた。

「自分ができなかったことができるようになること。単純に、これが成長かな、と思います。できることが増えていくことで、結果に繋がっていきますから。それと、少しかっこつけると、自由を手に入れることかな。十分な収入やスキルを手に入れれば、仕事や場所や時間から自由になれますし」

僕の答えにマスターもうなずく。

「どれも大事な要素ですね。人それぞれに成長の定義はありますし、一言で成長といっても、自分の成長と部下や仲間の成長、組織の成長やお客様の成長などもあります。ここでは、まず〝自己成長〟に絞って話を進めていきましょう」

「確かに、部下もそれぞれが自分で成長してくれたら、言うことはありません」

「そうでしょうね。ただ、自己成長にもそれぞれのスピードがあると思うんです。みんなが、短期間で劇的に成長してくれたらいいと思いませんか?」

「そりゃあ、もちろんです!」

最初は変な店に入っちゃったかなぁと思っていたが、自分の悩みに耳を傾け、整理しようとしてくれているマスターの話に僕はどんどん引き込まれていた。

「〝劇的自己成長〟を果たすには、成長の本質や原理原則を知って体得することが必要です。その本質を表現したのが先ほどの地図なんです」

「3つの要素でしたよね。詳しく教えてもらえませんか?」

「はい。まずは成長とは何か? その本質を理解する必要があります。ここにちょうどよいケーススタディがありますので、挑戦してみてください」

マスターは棚の上から1枚の紙を引っ張り出し、カウンターテーブルに置いた。

高い山を登るのに必要なこと

「なになに……、これから1カ月後に、非常に高い山に登ろうとしている5つのチームがあります。どのチームが最も登頂に成功できると思いますか? 1チームを選定し、その理由を記入してください」

図3 登頂できるのはどのチーム?

A  体力、スキルに自信があるため、1カ月の間、登るためのトレーニングをあまりしてこなかった。

B  活動的なメンバーで、トレーニングもそれなりにしてきたが、根本的なスキルと体力が不足している。

C  やる気が非常にあり、負けず嫌いなため、登り切る思いは強いが、自分勝手な人ばかりで一体感がない。

D   モチベーションは高いが、面倒くさがり屋なのでトレーニングをあまりしていない。そのため、体力があまりない。

E  個人個人の体力とスキルは高いが、仲が悪いため、一緒にトレーニングをしてこなかった。

僕が紙に書かれた内容を読みあげるのを待って、マスターが話し始める。

「見ての通り、高い山に登る1カ月前の、各チームの状況が書かれています。非常に高い山なのでおそらく、エベレストやK2でしょうか。それくらいの高い山に登ることに対して、A~Eのどのチームが最も登頂に成功できると思いますか?」

「これがマスターのおっしゃる〝成長の本質〟と関係あるんですか?」

「はい、登山でも仕事でも目標を達成する点で共通しています。成長の原理原則がこの事例から読み取れますので、真剣に考えてみてくださいね」

そう言い残してマスターは洗い物の残りを片付けに向かった。さて、どうしたものだろうか。どのチームも一長一短で、どこか1つが全ての条件を満たしているわけでもない。まるでうちの部署みたいだなと思う。登山には体力やスキルが必要だろうけど、仲が悪かったり、自分勝手な人ばかりのチームだと目標達成できなそうだし……。う~ん、意外と難しいぞ。

「いかがですか?」
ケーススタディと悪戦苦闘すること15分。頭を抱えていたところに洗い物を終えたマスターが声をかけてくれた。

僕は、「えぇ」と答え、自分の考えを話した。

「どれも拮抗しているようにみえますけど、僕はEですかね。体力とかスキルはありますから。そんなに高い山に登るときに、仲が悪いとか言っていられないと思うんです。目標があれば達成できる。だからスキルを重視しました」

「目標があれば、チームワークも何とかなる、と。なるほど」

マスターはうなずいている。ちょうどいいタイミングだと思い、疑問に感じていたことを尋ねてみた。

どのチームが最も登頂に成功できると思いますか?その理由も考えてみましょう。

チームワークか能力か

「ところで、これが仕事の成果とどう関係してくるんですか? 仕事の数字を上げることと山に登ることは、やっぱり違うように感じるのですが」

「まぁ、そう焦らないでください。表面的に見えている事柄が違っても、本質は同じなんです。山登りも仕事の成果も、目標を達成するために必要な要素は一緒だと思いませんか?」

「必要な要素が一緒、ですか?」

なんとなく戸惑う僕を見ながら、マスターはさらに続ける。

「ちなみに、山田さんの会社のチームは、このケーススタディのどのチームに当てはまりそうですか?」

質問されてギクッとした。なるほど、うちのメンバーはEチームに近く、誰もが個人主義でチームワークが弱い。

あなたが所属しているチームはA~Eの中でどのチームに当てはまりそうですか?

「先ほど、山田さんはEチームを選ばれましたよね?」
「はい、ちなみに自分の部署もEチームみたいにスキル重視で採用をしています」

正解はどのチームだったんだろう? 僕のはやる気持ちを見透かしたようにマスターが答える。

「実はこれ、特に正解はないんです。どのチームにも一長一短がありますから。体力・スキル、行動・ふるまい、メンバーの意識・モチベーションなど、どの点を重要視するかという、山田さんの価値観が回答に現れているだけなんです」

「あぁ、なるほど! そう言われて気づきましたが、うちのメンバーは客先の情報や営業ノウハウは共有せず、それぞれが自分の成績だけを意識して動いているんです。僕がスキルを重視してメンバーを選んだから、やる気とか一体感とかが欠けているんですね」

痛いところを突かれたと感じながらも、どことなく爽快な気分がした。

「ちなみに、さっきの各チームが持っている要素を比較してみると、こんな表になります」

マスターは、再びテーブルに1枚の紙を出した。

図4 チーム比較表

氷山の一角

「こうして表で整理されると分かりやすいですね!」

マスターの講義が楽しくなってきた僕は、身を乗り出して比較表を眺めた。

「ええ、各チームをスキル・ふるまい・意識の3項目で分けて、それぞれの状態を〇△×で評価しています」

「まさにEチームは、スキルは〇だけど、練習をしてないからふるまいが×なんですね」

しばらく各チームの状態と比較表を見比べて考えていた。仕事においては、スキルと意識のどちらが大事なんだろうか?

「さっきの問題、難しかったでしょう? なぜ難しかったかというと、それぞれのチームで、できること、できないことがバラバラな状態にしてあったからなんです。逆に全部が〇のチームがあったら簡単ですが、現実では何かが足りないってことが多くないですか?」

「確かにそうですね。うちのメンバーに意識やふるまいが足りないことは理解できます。ただ、仕事で成果を出すためにはスキルも絶対に必要だと思うんです。マスターは、スキルと意識のどちらがより重要だと思いますか?」

さっきから気になっていたことをマスターにぶつけた。

「いい質問ですね。それを理解するためにはアイスバーグの説明をする必要があります。山田さん、これが何かご存知ですか?」

図5 氷山

次は氷山のイラストが出てきた。話の流れに沿って、まるで紙芝居のように次から次へといろんな図やイラストが目の前に現れる。このマスターって、一体何者なんだろうか。

「氷山だっていうことぐらいしか分かりませんが」

「氷山の一角という言葉は聞いたことがあると思いますが、ご存知のように目に見えている氷山の下には、それよりも大きな氷の塊が存在しています」

「ええ、氷山の一角は聞いたことはあります。ひょっとして、氷山の目に見えている部分が仕事の結果っていうことですか?」

「お、センスがいいですね。氷山の目に見える部分が仕事の結果や成果だとすると、その成果を生み出している水面下には何があると思いますか?」

マスターがさらに1枚の図をカウンターに置いていった。

「この図を私はアイスバーグ(氷山)モデルと呼んでいます」

「う~ん、水面下ですか……」

考えあぐねている僕に、マスターが優しくフォローを入れてくれる。

「そうです。私たちの目に見えている部分はほんのちょっとだけで、本質はその裏に隠されています。ということは、結果を出している人は、その裏に成果を出すための努力の積み重ねがあるということですね」

「なんとなくイメージはできますね。ちなみに、このアイスバーグモデルの結果の下は一体どうなっているんですか?」
「はいこの図のように3つの層になっています。何だと思いますか?」

「順番は分かりませんがスキルは絶対必要ですよね?」

図6 アイスバーグ(氷山)

成果を生み出す要因とは

成果を出すために何が必要なのか? あらためて考えてみると、意識とか、やる気とか、先ほど聞いたことが頭に浮かんでくる。以前だったらスキルぐらいしか出てこなかったろう。
「先ほどの表にもちょっとヒントが書いてありましたね(笑)。こんな感じになります」

マスターはさらに3つの層に項目が当てはめられた図を取り出した。

「あっ、まさにさっきの比較表の項目ですね。登山だと体力・スキルだったのが、仕事だと能力・スキルかぁ。確かに、登山も仕事も同じだとおっしゃっていたのが理解できました」

マスターが伝えようとしてくれていることが、次第に飲み込めてきた感じがする。

図7 アイスバーグ(氷山)モデル

「今の世の中って簡単に結果が欲しくて、能力・スキル全盛時代だから、本屋に行っても『たった1日で〇〇が変わる方法』みたいな本がたくさん置いてあるじゃないですか。あれって、まさにやり方とかスキルの部分ですよね。こうすれば簡単に結果が出ますよ、という」

確かに、マスターの言う通りだ。そういう本は多いし、僕もよく立ち読みしたりするが、読んで実際に結果が出た試しがない。一体何が足りないのだろう。

「スキル系の本は、すぐに結果が出そうに見えるので、よく売れていますよね。『5分で彼女を落とす方法』とか。でも、落としてどうするのって感じませんか?そのあとのことを考えたら、愛情や想いがないと意味がないと私は思うのですが」

「あぁ、だから意識・想い・人生哲学が一番下に位置しているんですね」

「ビジネスでも同じで、想いがあって行動し続ければ、能力が身につき、結果が出ます。結果が欲しいがゆえに簡単なスキルだけを身につけようとしたところで、ふるまいや意識が弱い状態では望む成果は得られないんです」

「言われてみると、本当にそうですねぇ。営業だと、ちゃんと相手の話を聞いているのか、ただ聞くフリをしているのかは一目で分かりますし、その人のふるまいや姿勢、態度はやり方だけ真似して身につくものじゃないですから」

アイスバーグの大きさとバランス

見せられる図はシンプルだけど、マスターの語る内容は奥深く、説得力がある。
このモデルに当てはめてイメージしてみると、成果を出すために何が必要なのか
という成長の本質が分かりやすくなってきた。

例えば、「禁煙しよう」という意識があっても習慣を変えなければ結果が出ないように、部下の数字を上げようという想いがあるなら、次は「どんな行動や習慣を身につけさせるのか?」を考えればいいのだ。なるほどなぁ、と感心していたらマスターがまた次の図が描かれた紙を見せてくれた。

「このアイスバーグモデルには大きさという概念があるんです。例えば草野球選手とプロ野球選手や大リーグ選手の間には、どんな違いがあると思いますか?」

図8 アイスバーグの大きさ

「そうですね。草野球の選手は野球を楽しみたいでしょうし、月1回ぐらい集まって、ちょっとだけ練習する感じなので、スキルもそこまでは伸びないでしょう」

「ではプロ野球選手や大リーガーは?」

「いやぁ、それは野球に対する想いや信念は半端ではないですよね。真剣さや情熱がなければすぐに2軍に落ちるだろうし、選手を続けることも難しくなります。僕は野球経験はあまりありませんが、日々のトレーニングや健康管理など、草野球の選手とは比較にならないレベルであることは想像できます」

日本から大リーグに挑戦している選手の信念や過酷なトレーニングをテレビで見たことを思い出しながらそう答えた。
「日々のルーティンや練習、ふるまいも素晴らしい。もちろん持って生まれた能力もあるでしょうが、才能があっても、この想いや人生哲学、ふるまいや習慣を深めていなかったらどうでしょうか」

「全然違う結果になるでしょうね。プロの選手ですら、いますもんね。才能に溺れちゃったり、トレーニングをサボっちゃったりする人」
「ええ、そう考えると、成長とはアイスバーグを大きくすることと言うことができます。意識、ふるまい、能力をそれぞれ大きくすることを通じて、アイスバーグ全体が大きくなっていく。草野球の選手からメジャーリーガーに至るまで、バランスよくそれぞれの要素を大きくさせていくことが成長につながります」

「アイスバーグを大きくすることだけでなく、3つの層のバランスも大事なんですね。なんだか成長の本質に一歩近づけた気がします。ちなみにバランスが悪いというのは、どんなイメージですか?」

「バランスの悪いアイスバーグとは、一部はできているけど、ある部分が大きく欠けていて全体がいびつな状態です。そうですね、例えばお客様に笑顔で挨拶をするとします。この挨拶がマニュアル通りにできていても、そこに本当のおもてなしや感謝の気持ちがない、ただのつくり笑顔でする人のアイスバーグの形でしょうか」

「耳が痛いですね(苦笑)」
自分にも思い当たるところがあるからマスターの言葉が刺さる。

「人間ってNo one is perfect(誰しも完璧ではない)ですからね。このアイスバーグモデルの視点でいろいろな人を見てみると、スキル偏重の人もいれば、気合根性系の人もいます。アイスバーグを大きく成長させるためには、アイスバーグの3つの層のバランスが大変重要だと思います」

図9 アイスバーグの形とバランス

「いやぁ、本当にためになるお話をありがとうございます。ちょっと休憩するつもりで立ち寄っただけだったのに、丁寧にメンタリングしていただいて。なんて言ったらいいのか分かりません」

「私の趣味のようなものなので気になさらないでください。お客様によくこの話をしているんですけど、この前いらっしゃった主婦の方は、早速小学生の息子さんにこの図を書いて伝えたそうです。『子供のうちから知っておいたほうが良い』って。当たり前だなぁと思っていることでも、意外にその原理原則を知らないし使えていないんですよね。だから人生に向き合っている方に、よりしっかりと変化のサポートができる道具みたいなものがあったらいいなと」

「自分と向き合える道具ですか。それが地図やこれらの絵なのですね?」

いやはや、カフェで一服のつもりが、かなりレベルの高い研修に参加しているみたいになってきたぞ。それに、なんだか遠い国まで旅に出ているような気分だ。
一息ついて冷めたコーヒーに口をつけてから、お手洗いに行った。このあと、客先との商談があるが、もうしばらくはここにいられそうだ。できればこのまま徹底的にマスターと話がしたいくらいだ。

席に戻ると、マスターがまた1枚の紙を差し出してきた。今度は記入スペースがある。

図10 アイスバーグの階層に単語を記入

「まだ少し時間があったら、これに記入してみてください。空欄に思いつく単語をどんどん記入していってもらいたいんです。いろいろな言葉が入ると思うので、部下の数字を上げるために必要だと思う能力や行動を書いてみてくださいね。例えば想いのところには〝挑戦心〟とか。マイナスのふるまいだと〝威圧的〟とかです。自分の価値観や部下のことを想像しながら書いてみてください」

次の時間が気になりつつも、店を出る前にマスターに見てもらいたいと思ったので、その場でいくつか記入した。

「書けました!」

図11 アイスバーグ記入例

「書いてみていかがでしたか?」

「ふるまいについてはドキッとしました。疲れていたりして、知らず知らずに部下に対して、横柄な態度や、威圧的な言葉を使ってしまうときがあるなと反省しました。それに良いと思ってもなかなか習慣化することができていないことも結構あるなと」

「そうですね、感情や惰性、無意識によって、ふるまい・習慣・行動が粗くなって、結果的にチームや仲間に悪影響を及ぼすことってありますよね」

「想いや人生哲学の部分では、僕は〝情熱〟と書きました。自分の原体験があってその情熱のもと仕事をしていますから。そしてプラスのふるまいは〝諦めない〟こと。マイナスのふるまいは逆に〝威圧的〟になってしまうところですね。能力やスキルについては〝部下とのコミュニケーション〟というふうにしました」

「素晴らしいですね。原体験からはプラスのふるまいも、マイナスのふるまいも出てきますね。原体験には、いい体験や逆に保守的になってしまう体験もあるからです。それが成長を阻害する要因になることもあるのですが、その話はまた今度いらしたときにしましょうか」

なるほど、今まで成長って、スキルを上げるものだとばかり考えていたのかもしれないし、アイスバーグみたいなものを大きくするっていう概念も全く持っていなかったな……。それに、こんなふうに成長を考えたら、少し気持ちが楽になってきたような気もする。

「はい、ありがとうございます! また必ず来ますので、今日はお勘定をお願いします」

未来をイメージする

1杯のコーヒー代でここまで話を聞かせてもらったことに感謝しながらお釣り を受け取ると、レシートと一緒に1枚の紙を渡された。
図12 アイスバーグの成長

「これ、山田さんへのプレゼント、つまり宿題です(笑)。時間があるときに、この用紙に、ご自分の1年後・3年後・5年後・10年後のアイスバーグの大きさを描いてみてください。どのくらい大きくしていきたいかのイメージで結構ですので。また、アイスバーグの他にも、そのときのイベントや目標、例えば部長になるぞとか、年収1000万とか、家を建てるとか書いていただくと、よりイメージしやすいと思います。ご自由に自分の未来を想像して描いてみてくださいね」

「なるほど、単に成長したい、アイスバーグを大きくしたいと思うだけでなく、スケジュールや大きさをイメージするほうが、より具体的な計画に落としやすいかもしれませんね。やってみます!」

「あと、それとこれもどうぞ」

マスターは最初に見せてくれた『成長の地図』も手渡してくれた。

「あっ、この地図の真ん中の部分はまさにアイスバーグの成長ですね。ということは、成長の本質は〝アイスバーグをバランス良く大きくする〟ということになりますね」

「はい、成長の定義はもちろん人それぞれで、これが正解、不正解というものではありません。ただ、あくまで私の中では、そのように定義しています。考え方を押し付けているわけではありませんので、一つの参考としていただければうれしいです」

「ありがとうございます。今までになかった概念に出会ったのと、今までとは違う脳の領域を使ったので、仕事とは違った心地よい疲れを感じます。ただ、まだ具体的に意識やふるまいをどう大きくしていけばよいかなど、霧が完全には晴れていないモワッとした感じもあります」

僕が、そう伝えると、マスターはにっこりとしながら、
「この話を聞くと、皆さんそうおっしゃいます。今日は〝成長とは何か?〟につ いて、成長の本質、原理原則を考えていただけたかと思いますので、ご自分で考 えるきっかけにしてください。」
と、ここまでの内容をまとめるように言った。

「すごい授業を受けたような、不思議な感覚です。また自分でじっくり考えてみますね。今日は本当にありがとうございました」

「はい、行ってらっしゃい」

笑顔のマスターに見送られて店の外に出ると、日はまだ高いが暑さは少し落ち着いてきたようだ。一瞬、涼やかな風に頰を撫でられ、不思議の国から現実世界に帰ってきたように感じた。

マスターと話したおかげで、〝成長とは何か?〟についてはおぼろげながら分かってきた気がする。次は成長するために必要なことか……。今日の気づきをもとに、自分や部下が成長するために必要なことをアイスバーグモデルで整理して、いろいろ実践してみたくなった。実行してみたら、またカフェに行ってマスターの話を聞こう。絶対に近いうちに行くぞ。カフェに入る前よりなぜかワクワクしながら歩き始める。

それにしても不思議なお店だったなぁ。ゆっくりと歩きながらしみじみと思う。
客先の少し手前で足を止め、マスターからもらった地図をカバンから取り出した。
もう一度よく見てみると、×がついている矢印が2つと、ついてない矢印が2つある。これは何だろう? 真ん中にある図がアイスバーグの成長ということは、今日の話で少し理解できた。しかし、この地図がどう、これからの自分の成長を助けてくれるというのだろう。まだまだ分からない点もあるが、新しい世界への扉を少しだけ開けたような感覚だ。期待に胸を膨らませながら、僕は足を一歩前に踏み出した。

図13 第1章ふりかえり

3000人以上の幹部層・リーダーの人材育成から生まれた
50枚の図でわかる人を伸ばす原理原則

成長マインドセット

続きは以下からどうぞ